二〇一七年七月 格好良い!
        長嶋茂雄さんのこと

毎週一回、外来でリハビリテーションに通っている。そこでミスターこと長嶋茂雄さんに会い、ご挨拶するようになってもう二年になる。いつもドキドキするけれど、今の私には贅沢で貴重な数分間である。今まで何十年も勝負の世界を駆け抜けてこられた長嶋さんの笑顔は優しく、閉じこもりがちな私の気持を奮い立たせてくださる。「お疲れ様でした!」エレベーターに向かって力強く歩いて行かれるスーパースターの後ろ姿に頭を下げ、この二年、ずっと張り詰めた時間のなかで出会い、励まし鼓舞してくださった人達を想う。「ありがとうございます」と心の中でつぶやき、いつもレジェンドを見送る。

その長嶋さんにプレミアムな帽子を頂いた。しかもツバのところに“長嶋茂雄—3—”のサインまでしてくださり、えーっ!その驚きと嬉しさは……。帽子は外に出る時は必ず被っている。ところが今年の夏の暑さと汗で、そのサイン文字が滲んできたのである。本来ならば、部屋の中に宝物として飾って置くべきなのはわかっているのだが……。今日も被る。汗で少し滲んでも、長嶋さんはきっとこの帽子を被ってリハビリする気持をわかって、許してくださるだろうと思いながら。

 

塩見三省のノート(日記)

十月二十日 リハビリ、そして……2016

夢なら覚めてと思い続けて2年、今ではあんなに平穏で楽しかった日々が夢の中になり……。
一進一退が続くリハビリですが、長いスパンで振り返るとやはり確実に前進していて、それが嬉しい。リハビリというものは身体性の快復なのだが、同時にそれは自分の生命力の回復と獲得でもあるのだ。新しく踏みだす一歩一歩は、今までの自分と決別し、生まれ変わることへの確認であり、否応なしに毎日「実感」を持って生きています。

2月末のNHK「あさイチ」プレミアムトークの前後に、極寒の北海道釧路でのロケ撮影をやりました。11月5日放送のABC65周年記念スペシャルドラマ「氷の轍」(朝日放送)です。桜木紫乃さんの原作によるドラマで、主人公・大門真由(柴咲コウ)の余命限られた父親・大門史郎の役ですが、釧路という特別な場と監督、スタッフのお陰で何の不安感もなく集中し、また、まどろみの中で役の命と向き合い、これまでとは明らかに何か違った感覚で演じることができたことが驚きであり、そして悦びでした。

           *     *     *

この次は、今年の夏、素晴らしかった、そして俳優として生きていてよかったとまで思えた、新作映画の撮影の日々をお知らせできればと思っています。

 

二〇一六年二月 大船渡にて

昨年十二月二十五日、約2年ぶりにカメラの前に立ちました。岩手県大船渡市の漁港。寒さと不安と緊張の中、スタッフのみんなに守られて日の出とともに撮影。
演じるというよりはその港の風景に溶け込み、ただ、ただ力強く歩いた。どんな現実にあっても幸せを掘り出し、また、あたたかで穏やかな日々を取り戻すことを祈りながら……。

四月 超スローモーに街を歩く

東京ー新橋ー品川ー西大井ー武蔵小杉ー新川崎ー横浜。
電車の窓の外は、何の変哲もない、少し不調和ないつもの景色が流れる。しかし今の私にはかえってその風景が気持ちを落ち着かせ、その普通さが胸にしみる。今日は横浜でランチを食べ、電車の乗り換えなどのリハビリにトライする。横浜駅で乗り換え、混雑の中を歩く。おばあさんがスーッと追い抜いて行く。必死に追いつこうとするが無理。なんせ超スローモーだから。関内駅で降りてランチを食べ、J館にてコーヒー&ケーキ。懐かしくも静かな時間を過ごす。少しゆっくりして、夕方の東京駅のラッシュアワーを避けて早めに帰り支度。17時に帰宅。フーッ。またひとつ日常を取り戻し獲得した。精神的、身体的な動輪が少し動いた気がしないでもない。

三月十九日 夢の中

「今日子さんの墓参り行きませんか?車出しますから。ドライブがてらに……」友人のK君から電話。毎日リハビリしている私を気分転換に誘ってくれる気持ちが嬉しい。目を閉じる。岸田さんの墓の前に立つ。「シオミ!待ってたのよ……ねえねえ、今度ワタシと漫才コンビ組まない?」「え??!自分には漫才は無理です」「いいのよ、大丈夫!ワタシが『そうよ、そうよ、そうなのよー』って相づち打ってるから、シオミはツッコミ入れてくれれば。もうコンビ名もつけたのよ。摩天楼、素敵でしょう!」「うーん、いや……」目頭が熱くなる。妄想と空想が広がる。心地良い春の日差しの中、手を合わせ報告した。「今回はやめときます。もう少しこちらで流されながら、生きてみます……。」

二〇一五年三月 そしてふたたび

もうすぐ桜の季節です。1年前の今頃、体調を崩して入院し、病院と自宅でリハビリの毎日を送っていました。足に不具合が少し残ってしまいましたが、なんとか杖をついて、今は歩くことが出来る喜びと、1年間エールを送ってくださった数人の方々に感謝です。まだまだ今年もリハビリを続け、少しずつ回復していく自分の身体の変化に驚きながら、時には立ち止まり、思い切り深呼吸しながらゆったりと生きていきたいなと思っています。焦らずゆっくりと新しい自分を、そして、物語を創り出して行きたいな。
またこのホームページを再開します。

二〇一四年 三月

東京と京都の往復で今年は始まり、やっとみんなの力を借りて完走しました。WOWOWの「私という運命について」とNHKの「銀二貫」。どちらもタフな仕事でした。あまり重なって仕事をしない方なのですが、魅力のある役……というかチームで、思った以上に私にとっては素敵なドラマでした。この三月から放送が始まるのが楽しみです。
新幹線で毎週往復していましたが、何時も富士山側の席を取り、冬の富士を愉しんでいました。車窓に映る自分の顔が影が、歳を重ねてきたけれども、まだまだ、自分は旅の途中なんだな……と思う日々でした。画家・野見山暁治氏の『異郷の陽だまり』『アトリエ日記』を読む。

十二月三十一日   NHK紅白歌合戦  
あまちゃん157回「おら、紅白出るど」

紅白歌合戦、マジですか?!   
ドラマの放送が終わって3ヶ月、みんなそれぞれの仕事に入っていましたが、紅白歌合戦の「あまちゃんコーナー」で再結集しました。宮藤官九郎さんの脚本でLIVE放送。 楽しかったな。生放送だから、やはり緊張しましたが、長い間一緒にやってきて、お互いを役名で呼び合う俳優仲間達と、演出家、衣装、メーク、小道具、美術、撮影スタッフのみんながこの日に合わせて結集して、本編と同じようにリアスが!! 大晦日は、この仲間達と除夜の鐘を聞きました。「あまちゃん」という作品に関わった幸福がギューと詰まった一日でした。大友良英&あまちゃんスペシャルビッグバンドと一緒で感激。勉さんもNHKホールで皆と唄っただ!
ー地元に帰ろうー

十月末日       ロバート  デ   ニーロ

12年ぶりに「徹子の部屋」に出演しました。その年月の経つ早さに驚きです。緊張しながらも、なんとか話が出来たと思いますが、終わりの頃、放送がCMに入っている間に、黒柳さんが  「今日はこれからロバート・デ・ニーロが…。塩見君も少し残ってスタジオに居れば?」と話を振られました。 エーッ!
「ゴッドファーザー 」  (74)、 「タクシードライバー」(76)  、「ディア・ハンター」(78) 等、デ・ニーロ・アプローチと云われた映画への役作りへのこだわり、何者でもない自分の様な俳優でも、映画というものを意識したまぎれもない大物。「はい!」そう言って収録は終わり、スタジオの隅で待って居ました。
ジーンズにブレザー。余分なオーラを感じさせない、その普通のいでたちと姿勢は、ヤッパリな!と、その自然体にかえって俳優の凄みを感じさせられました。一瞬、目を合わせられたか……。すごいサプライズでした。

琥珀の夏

盛岡で開催された「あまちゃんファン感謝祭」も盛況に終り、翌日、自分は花巻に寄り宮沢賢治記念館に足をのばした。賢治は幼少の頃から鉱物が好きで「石っこ賢さん」と呼ばれていて、琥珀を「段々と明るくなり暖かくなっていく夜明けの空の色」に喩えている。帰り路、新花巻駅に向かって歩きながら山を下っていると綺麗な夕焼けに出会い足を止める。自分の、勉さんの琥珀はこの夕焼けの色なんだな…。なんてしばらく眺めていると空が薄い青に変わり、白い三日月が出た。少し贅沢な気持ちになり、今年の夏の終りを想う。

八月十三日   「あまちゃん 」打ち上げに思うこと

「琥珀の勉さん」と9ヶ月、北三陸の町でみんなと生きた。宮藤官九郎さんが毎週書いてこられる素敵な地図を手にして、俳優、演出、スタッフの仲間たちみんなで大冒険の旅をした感覚でした。自分的には途中から演じている感じがなくなり、喫茶&スナック「リアス」に勉さんとして居られるという、俳優として本当に贅沢な時間でした。まだ、放送は1ヶ月半残っていますので、自分も一人のファンとして、朝ドラ「あまちゃん」を味わい楽しみたいです。最終回が終われば、また何か感慨みたいなものが湧いてくると思いますが…。今はただ俳優仲間と全てのスタッフに感謝しています。

五月十四日   T町にて

劇団のアトリエ公演「クライムス  オブ  ザ  ハート」を観に行きました。若手の人たちが自ら立ち上げた芝居で、スゴく良かった。舞台に立つ心意気と技術と若さが弾け、私が好むゴツッとしたもの、、、俳優が果敢に戯曲に挑み、皆がMAXを出すことでのみ見えてくる、物語から解き放たれた俳優たちの貌が見え隠れして、時間を忘れて観る喜びを感じた。
ここにくるといつもペリカンでパンを買い、合羽橋珈琲でコーヒーを喫む。いま自分が演っているドラマのせいか、カウンターの角の席に座りくつろぎ、30年以上一緒に劇団の芝居でご一緒した、亡き岸田今日子さんのことを想う。

五月五日  j  j  j

NHK朝ドラ「あまちゃん」の収録が続いています。少し撮影日が空きましたが、皆に逢えばもうすぐに北三陸の人びとになり、琥珀の勉さんでいられます。まだまだ続きますが、集中して演って行きたいと思っています。これからの展開は……じぇ!じぇ!じぇ!じぇ!じぇ!の5個です。お楽しみ!  
あまちゃん便り。

四月二十日  焼ものの街へ

愛知県常滑市に大竹伸朗氏の「焼憶」展を観に行きました。2006年、東京都現代美術館の2000点もの作品に圧倒され、自分は本当に「生きて」きたのか、とまで思わされた「全景 1955-2006」展。別海、直島にも行きました。俳優という生業をやっていく中で、突き詰める、そしてその中身を問うという意味でも大竹伸朗氏の展開力は、自分にとって大事な存在です。

四月十五日  世田谷線周辺

世田谷線S神社前で、1ヶ月、落ち着いて撮影していました。小林聡美さんを中心とした、あの映画「かもめ食堂」等を作られたキャスト、スタッフと。
創る過程と独特な世界観に、自分としては初めてのアプローチで、ふわぁとして良い感じで居られたと思ってます。WOWOWで7月からの連続ドラマ。

二月二十四日   東京スポーツ映画大賞と一年。

東京プリンスホテルで、北野武監督「アウトレイジ ビヨンド」の皆さんと一緒に、東京スポーツ映画大賞の男優賞をいただきました。会場で北野監督や共演者の方々に逢えて楽しい時間をすごしました。思いもかけず賞もいただき、嬉しく、感謝です。
そして、何も分からず、ホームページを立上げて一年が経ちました。これからは仕事だけでなく、日々のやわらかなものについても記していきたいと思っています。

一月二十九日 NHK連続テレビ小説「あまちゃん」

今年4月から始まる朝ドラ「あまちゃん」の収録で、昨年末からずっと渋谷のNHKに通ってます。何がスゴイって宮藤官九郎さんの脚本!
新しい台本があがってくるたびに驚き、面白くて、まず一気に読み、うーんて唸り、自分の役「琥珀掘りの勉さん」はどうなって行くのかしらん! ってか、全体の流れが予測つかなくて毎回マジ新鮮な気持になります。何せ20人位のレギュラーが……これ以上は。このドラマが毎朝放送されて、全国の皆さんに観ていただけると思うとスゴく嬉しいし、幸せですねー!としか言いようがありません。俳優も演出陣もスタッフも皆、ファイターばかりで楽しく集中して演ってます。
早く観たいなー??! 朝ドラあまちゃん!便り。

十二月二十五日  荒城の月。

1979年。もう30年以上前、劇団でW.シェクスビア「から騒ぎ」をやった時のこと。演出にテリーさんことテレンス・ナップ氏を迎え、時代を明治時代の日本に置き換えた斬新な芝居だった。数少ないセリフだったが、自分にも初めて役らしい役を振り当てられ、夢中で演った。初日の幕が開く前の緊張の中で、テリーさんは、自分のことだけに集中しがちになっていた皆を舞台に集め、車座になり手をつなぎ、「荒城の月」を唄った。その時間は、今も甘酸っぱく忘れられない。ボーッとしていた自分が、遅まきながら俳優を初めて意識したのかも、と今になって想う。先輩たちを思いながら、あの時の、そして、みんなで一つの時間を、演劇を共有しようとしていた、あの日々の時間を忘れないと心に刻んで、今も同じ新劇の劇団に籍を置いている。

十一月十八日 初雪。

来年4月からのNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」のロケーションで岩手県久慈市に。自分が着いた翌日に凄い寒さ、そして雪が散らつきました。久慈の人たちは寡黙で優しいけれど、震災のことにふれると堰を切ったように、苦しかったこと、いや、まだ精神的にも肉体的にも闘っておられることを話される。こちらも体重をかけて聞き、受け止める。そのことしか出来ないのがもどかしい。前を向く力強い気持、笑顔にかえって励まされましたが、自分は受けられたストレスを、ただただ聞いてあげることが出来ればと。でも、自分が出逢った人たちはそれ以上の幸福な時間を与えてくれました。ただ感謝。そして祈る。

十一月五日 上野の秋

白亜紀・恐竜時代の事を知りたくて、上野公園に出かけた。初めての国立科学博物館でしたが、充実していました。ビックバンから人類のはじまりまで気の遠くなるほどの時間だが、その流れの中にジッと身を置いていると、今、私たち、自分がニンゲンとして在ることが、ほとんど奇跡のように思え、背筋がのびる。帰り途、人混みを避けて芸大の方を回って久しぶりに根津まで歩く。このあたりの建物、風情は変わってなく、二年ぶりにBIKAに寄る。あいかわらず、なにを食べても美味しい。

十月六日 「アウトレイジビヨンド」

北野武監督「アウトレイジビヨンド」が公開されました。撮影は静寂と高揚、緊張と解放が混じり合った独特な現場で、俳優として幸せ者でした。
その公開に先がけ、私にとっては初めてのバラエティ「ぴったんこカンカン」でビートたけしさんと御一緒させてもらいました。北野武監督とビートたけしさん。その圧倒的な居ずまいと存在。今まで見たことのない景色を見せてもらいシビレました。そして都内で開催されていた、BEAT TAKESHI KITANOの絵描き小僧展も堪能。

バカヤロー!!が好きだ。

八月五日 祭り。

川に沿って息づく、この場所に住んで30年近くになる。今年も3年に一度のS神社の本祭りがあった。この3年の間に亡くなられた人たちの遺影が額に入り、それぞれの家族の家の前で、宮神輿が通る度に振りかざされる。神輿はその度に上下にゆさぶられ、遺影の額と飾りの鳳凰が青空に吸いこまれるように、ゆれて、もみあう。喜んでいるような、泣いているような…。祭りは、ゆれる生と死の結界でもあるのだなと思い、いつもこの光景には胸が熱くなる。

夏。

『ユリイカ』八月臨時増刊号「総特集=野見山暁治 絵とことば」を手にして、「四百字のデッサン」「遠ざかる景色」を読み直す。
想い出という確かなものが、わたしにはない。過去が遠く霞んでゆかないからだ。いつでも現在の横にぴったりとくっついていて、何だかだと絡んでくる。
―回想のオンドビリエーより。野見山暁治氏、91歳。

七月七日 七夕。

映画の撮影で群馬県のK市に。歴史のある旧い家屋が残っているので、昭和の時代の撮影には宝物のような街。昔は生糸、繊維で繁栄していた街。暮らしの家々、寺社、理髪店、、、。駅舎は最近、新しく改築された様ですが、駅前の広場は人も少なくて、空が夕焼けに染まるのをベンチに座って眺めていると、漠然として、そこには透明で幸福な時間が過ぎる。地元の人々の思いは違うかも知れませんが、私は、昔は繁栄していて、今は少し寂れた感じが残っている街が好きだ。

五月十二日 日比谷公会堂。

映画の撮影ロケで、その映画の音楽監督である鈴木慶一さんに久しぶりに会い、嬉しかったです。実は12年前に、ムーンライダースの「ニットキャップマン」のプロモーションビデオを、岩井俊二監督がショートフィルムとして「毛ぼうし」を撮ったのです。フジオさん!
それで、鈴木さんがあがた森魚さんのデビュー40周年記念コンサートにゲストとして出ますとのことで、日比谷公会堂に観にいきました。あがた森魚さん、そして、はちみつぱいやムーンライダースの面々、凄いコンサートで、鳥肌がたちました。同時代に生きている幸せを感じ、誘ってくださった鈴木慶一さんに感謝です。煙草路地。

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